ジョサイア コンドル設計 上野池之端 旧岩崎邸庭園を訪ねて
2016/12/06
こんにちは。
本日は日曜日でお休みなんですが、先ほどまでお客様が設計の打ち合わせで来店していましたので
ついでにブログまで書いてみようと思います。
台東区は国立芸術大学や世界遺産登録を目指している西洋美術館などがあり、
台東区=浅草=下町のイメージが強いのですが、実は芸術を楽しめる街でもあるんです。
先日上野池之端にある旧岩崎邸庭園に立ち寄ってみました。
ここには会社からも近いこともあり、時間があるときに立ち寄ってみます。
それでも4年ぶりくらいになりますが、
ここは明治時代の和様の建築物を両方目で見ることができます。
現在では東京都の庭園になっています。
三菱財閥の基礎を造り上げた岩崎弥太郎の子孫にあたる岩崎久弥の邸宅として使われていたそうで、
当時は15,000坪の広大な土地だったそうです。
洋館の設計者は英国人のジョサイア・コンドル氏。
明治時代に当時の政府の招待によって来日したコンドル氏は、
日本での明治以降の西洋建築に多大な影響を与えたとも言われています。
地下室付きの木造2階建ての洋館は、17世紀に英国で広まったジャコビアン様式を基調としてます。
ジャコビアン様式は建築手法だけでなく家具にもその手法が取り入れられて、オーク材を使った力強いでデザインが印象的。
残念ながら内観の撮影は出来ませんが随所にこの様式が見られます。
正面入ってすぐ左手に吹抜けの階段があり、そこに配置された化粧柱にもこの様式がデザインされています。
多々物内部の床は赤じゅうたんが敷かれているので気が付きにくいのですが、
小市松を始めさ様々な模様の床の組み合わせは見ていても大変楽しいです。
驚くのがこの床材は、無垢材の黒檀や欅や樫など4種類くらいの材で構成されている事です。
洋館は当主である岩崎氏本人の執務室やゲストルームなどがあり、
家具や各部屋に設置された暖炉などが建物の風格を一段と高めています。
洋館横に併設された和館。
ここが池之端の旧岩崎邸の面白いところで、明治時代の洋風建築と和風建築の建物が同時に見られます。
いわばゲストを迎えるために建てられた洋館に対して、和漢は岩崎家が実際に暮らしていたといいます。
本格的な数寄屋造りの建物。
この和漢を建てたのは明治時代の財政界の邸宅を建てた大河喜十郎。
当時は延べ床面積で550坪にも及んでいたらしく、壮大な和風建築がここ池之端には存在していました。
岩崎家の力の象徴とも言えます。
現在は書院作りの建物のみが残っています。
昭和44年に和館部分のほとんどを取り壊してしまいました。
非常にもったいないですよね・・・・
洋館から入り書院作りの居間に続く永廊下の天井板は一枚物。
また小生の見間違いでなければ、長押は継手の無い一枚もの。
ため息がでます・・・・
当時はまだこんな桧があったんでしょうね。
和館を出て正面には、ゲストや岩崎家の家族がビリヤードを楽しんだという撞球室(どうきゅうしつ)があります。
この建物もコンドル氏の設計。
中には入れませんが天井は船底天井になっていて、様々な趣向が凝らされているのが遠目でも分ります。
とりあえず今回は以上です。
次回をお楽しみに